coyote
暗緑色の葉で掩われたいぬぶな科の木立は、今年生えひろがった黄緑色の若葉の部分を、ねっとりと炎えたたせ、古葉と若葉の間におびただしくひそむ淡緑色の粒状の花から、えがらっぽい独特の匂いを吐きちらしている。その匂いを深く吸うと、先ず眉間をうって…
あるイメージの追憶とは、ある瞬間を惜しむ心にすぎない。 ― 『 À la recherche du temps perdu』 Marcel Proust ―
わたしはロボの脇に肉と水を置いてやったが、ロボは見向きもせず、静かに腹ばいになって、あの落ち着いた黄色い目で、わたしの肩ごしに、谷の向こうの広々とした平原― 彼の王国を見つめていた。わたしが体にさわったが、びくりともしなかった。 ライオンが力…
破裂音から始まる一つの子音を喉の中頃で押し殺す。 そのまま苦く嚥下すると、重力を持たない音の響きは、 意味深げな余韻となることで生き続け、耳もとに棲みついしまう。 掛け違えたボタンと同じく、周縁を淡く甘美たらしめる、拠所の不在。
ものによっては、いつまでも今のまんまにしておきたいものがあるよ。 そういうものは、あの大きなガラスのケースにでも入れて そっとしておけるというふうであってしかるべきじゃないか。 それが不可能なことぐらいわかってるけど、でもそれではやっぱし残念…
暗がりに白い薄灯りのまわりを、ウスバカゲロウがよたよたと飛んでいる。 不気味な様が不安を誘う一方で、自らの意思で飛んでいるというより、 むしろ糸に吊られて動く死骸に見えるのは、どこか憐れでもある。 生きていながら、既にうっすらと死を纏った生き…
放心の隙間からするりとすべり込み、 こちらの迂闊を、ただ、もの言わず見ている。 湿った前髪が額へへばりつくのを、 煩わしさに幾程掻き寄せても、切りの無い重さ。
遠雷と遠雷の間を数えている。 凪ぎいでいた風が動き、雲が俄かにすべり出す。 雨が近い。
筆致は饒舌を良しとせず。軽率な修辞に溺れず。 だからといって貧相な、ただの綴りとならぬように。
無為と有為。境目は何処にあって、ふたつはどう違うのか。 またひとつ、季節が変わろうとしている。
遠吠えが夜の中に吸い込まれてゆくのを聞きながら、深い草の上に眠りたい。 星は出ているだろか。
答えを知りつつも、子供じみた興味に覗き見てしまえば、 苦く後味の悪さばかりが舌に残って、結局、自らの不始末となる。