in the wilderness

荒れ野にて言葉を探す。北へ。南へ。

saltbox

無花果

道の途中のと或る家に犬が居り、また、猫も居る。猫は知らぬが、犬の名はコロと云う。何故犬の名を知ったかと云えば、小屋の正面に、油性のマジックでその様に書いてあるからである。何の変わったところ無い。赤鼻の雑種で、黄色い毛をして居る。其処の家で…

野生と静謐、或いは漂泊と定住。その間(あわい)の発見。

火の近くへ椅子を寄せ独り、真冬の夜に聴くフルニエ、バッハ無伴奏チェロ組曲。たった四本の弦のみの、深々と澄んだ息づかい。そのふくよかな深淵の静謐に沈むことは、見知らぬはずの物事が記憶の一部としてよみがえるよな、ひとつの心地良い錯覚に似ている…

記憶

不意にバランスを失い、高い所から落ちそうになる夢を見ることがあるが、 それは我々人間がかつて木の上に暮らした猿であった頃の。 遠い。忘れられない。その記憶なのだと、何かで読んだことがある。 ふと思う。やがて木から下り、気の遠くなるよな永い時を…

足音

ストーヴに寄りかかるよにして、日がな項をめくる。 掌でやんわりとたわんだ紙は、仄かにあたたまる。 郵便受けの錆びた音に気付いて表へ出ると、 冬の湿った空気はひどく冷たく、息が白い。 首筋のあたりを、つうと撫でられてた。 小糠雨が、霧を吹いたみた…

感触

朝の冷え冷えとした空気は、日が高くなってなお、変わらない。 乾いた寒空の向うの木立ち。目をつむって冬の表層を探る。 確かなものと、不確かなもの。 暫くして不意に、瞼の後ろへ浮かんだのは、 白い丸襟のブラウス、紺色のセーターを着た、鳶色の目の少…